業者から見たアコムの理念

アコムの前身の「丸糸呉服店」を創業者の木下政雄が神戸に開業したのは戦前の1936年のことでした。

そして、終戦直後の1948年に木下政雄は神戸市灘区に「丸糸商店」という商号で質屋を開業します。

木下政雄がそのまま「丸糸商店」という質屋の営業を続けていたとしたら、アコムは誕生しなかったかもしれません。

或いは、神戸では有名な質屋になっていたかもしれません。

只、いずれにしても現在のアコムの様な、東京証券取引所第1部上場の大企業には成っていなかったでしょう。

転機が訪れたのは1960年でした。

木下政雄は1960年に神戸の繁華街である元町で、勤人信用貸という新しいビジネスを始めます。

恐らく木下政雄は質屋の将来性に疑問を持ったに違いありません。

商売をやる人間にとって、本業が好調な時に他の商売に手を出すことはありません。

それも当時は全く無かった新しいスタイルである勤人信用貸という新しいビジネスでした。

当時は無担保で勤め人にお金を融資するスタイルはありませんでした。

当時、勤め人が小口資金が必要な場合は、質屋に行くしか方法はありませんでした。

この時、木下政雄が考えた勤人信用貸という新しいビジネスは、その後のサラリーマン金融の原型になるビジネスモデルでした。

従って、アコムでは既にこの時代に、アコムの理念の原型は出来上がっていたことになります。

只、この時点で木下政雄が、勤人信用貸という新しいビジネススタイルの将来を予測していたとは思えません。

その後、勤人信用貸が後にサラリーマン金融という名で全国を席巻し、木下政雄は1978年にサラ金会社の「マルイト」をアコム㈱として再出発させます。

現在でもアコムの大株主の中に「丸糸殖産」と「マルイト」という社名が残っているのは当時の名残と言えます。

従って、消費者金融会社としてのアコムの理念は、既に1960年に出来上がっていたことになります。

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アコムの利用感想

若かれし頃に一度だけ利用した事があります。正直な感想をお伝えしようと思います。お店の対応とすれば最悪と言ったところでしょうか。

 

良くも悪くもありませんが、私の利用した場所はとてもじゃないけれど接客と言えない態度でした。きちんとした教育がされて居ないのか利用者からしてみればもう二度と使わないと思いました。

 

お客が来て当たり前みたいな顔を平気でしていて不愉快な思いをしました。消費者金融として、そこのお店は終わりだなとまで思ってしまいました。

 

見てる方は見てるのですね、数年後にはお店は潰れて他の業者が買い取っていました。きっと私の思いと同じ思いをした方が居て客足が途絶えての結果だと思います。いい思い出がなくホントすみません。

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即日審査で救われました

以前まとまった現金が、急に必要になりクレジットカードのカードローンの借り入れでも足りずに、アコム

を利用した経験があります。当時はテレビで無人君

というCMが放映されていて、無人の店舗で借り入れができることを知っていました。繁華街にあった

アコムの無人店舗に入って奥にあったカウンターに

座って、モニターを見ながら流れてくる音声に

したがって、個人情報を入力していきました。

本人確認のため、運転免許書が必要でした。

その場で審査がとおり、たしか30万円借り入れることが出来ました。その場で借り入れができたのは

ほんとうに助かりました。その後返済時期を忘れて

入金しなかったことがあり、携帯電話に女性の

オペレーターから電話がはいりました。丁寧な

応対でした。アコムは消費者金融のなかでは対応のいい会社だと感じています。

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